なつぞらのネタバレ・あらすじ・感想

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奥山玲子

奥山玲子さんは、なつぞらのヒロイン・奥原なつのモデルとなった女性です。

第1週…なつよ、ここが十勝だ

第1話…こんにちは!奥原なつと申します

4月1日放送の、初回のネタバレ・あらすじです。管理人の自作イラストでお届けします。

(管理人は人間の絵を描くのが苦手なので、全部動物でお届けします。動物の割り当ては、今後変わっていくと思います)

1946年、主人公の奥原なつは9歳で十勝に来た。なつは東京の日本橋で生まれ、戦争で母親を亡くして孤児となった。

そのなつを連れて、復員兵の柴田剛男が十勝の家に戻ってくる。剛男は、なつの父親の戦友だった。「どちらかが戦死したら、家族に宛てた手紙を生き残った方が渡す」と約束していたのだ。

剛男は手紙を渡そうとしてなつを見つけたが、あまりの不憫さに引き取って育てることにする。そして、十勝の家に一緒に連れていった。

剛男を迎えた家族は驚く。剛男には妻の富士子・義父の泰樹・息子の照男・娘の夕見子と、4人の家族がいた。家族が戸惑う中、とりあえず富士子がなつのためにお風呂を焚く。

久しぶりのお風呂につかりながら、なつは東京大空襲と、それから1年間の日々を思い出す。母親を亡くした空襲、子ども3人だけで生き抜いた焼け跡での生活を思い出し、なつは流れる涙を拭った。

画像引用元:NHK・BSプレミアム「10分でなつぞら」

第1話・出演キャスト

広瀬すず(ひろせ・すず)/奥原なつ役

画像引用元:広瀬すず写真集『17才のすずぼん。』(広瀬すず/集英社/2016年)※クリックで拡大

広瀬すず(ヒロセ スズ) 女優・モデル。1998年6月19日生まれ、静岡県出身。AB型。2012年に『ミスセブンティーン2012』でグランプリを獲得。その後、セブンティーンの専属モデルとして活動。2013年、フジテレビ系ドラマ『幽かな彼女』で女優デビュー。2015年、日本テレビ系ドラマ『学校のカイダン』で連続ドラマ初主演。以降、映画『海街diary』、『ちはやふる』、『四月は君の噓』など数々の映画やドラマ、CMで活躍。姉は女優の広瀬アリス。

引用元:広瀬すず・プロフィール(オリコンニュース)

藤木直人(ふじき・なおひと)/柴田剛男役

画像引用元:連続テレビ小説 なつぞら Part1(NHKドラマ・ガイド)|大森寿美男・NHKドラマ制作班等/NHK出版/2019年|Amazon.co.jp

松嶋菜々子(まつしま・ななこ)/柴田富士子役

画像引用元:『眉山 母なる山―松嶋菜々子』(seventh avenue/幻冬舎/2007年)※クリックで拡大

1996年NHK連続テレビ小説「ひまわり」のヒロインに抜擢。その後、TBS「SWEET SEASON」、フジテレビ「救命病棟24時」、「やまとなでしこ」、NHK大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」、日本テレビ「家政婦のミタ」など数多くのドラマで主演を務める。映画では1998年「リング」や2007年「眉山」、2018年「祈りの幕が下りる時」など多くの作品に出演。2011年6月から大正製薬「パブロン」のCMも務めている。 

引用元:松嶋菜々子(ザ・テレビジョン)

草刈正雄(くさかり・まさお)/柴田泰樹役

画像引用元:写真集『草刈正雄FIRST PHOTO BOOK』(草刈正雄・荒木勇人/双葉社・2017年)※クリックで拡大

草刈正雄(クサカリ マサオ) 俳優。1952年9月5日生まれ、福岡県出身。O型。1970年、男性化粧品ブランド『MG5』(資生堂)のモデルとしてCMでデビュー。1974年には映画『卑弥呼』でスクリーンデビュー。以降、映画『沖田総司』、フジテレビ系ドラマ『華麗なる刑事』、フジテレビ系ドラマ『世にも奇妙な物語』(「ズンドコベロンチョ」「食べ過ぎた男」)、テレビ朝日系ドラマ『南くんの恋人』、同局ドラマ『動物のお医者さん』、NHK大河ドラマ『真田丸』、テレビ朝日系ドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~』をはじめとする、映画、ドラマ、舞台、CMなどで活躍。

引用元:草刈正雄・プロフィール(オリコンニュース)

岡島遼太郎(おかじま・りょうたろう)/柴田照男・子供時代

画像引用元:テアトルアカデミー・公式Twitter(2018年5月27日のツイート)※クリックで拡大

先にプロフィールを見たい方はこちら

岡島遼太郎さんは、「なつぞら」に出演が決定した時点ではテアトルアカデミーに所属していました。しかし、2018年3月30日時点で、同社のホームページに名前がありません。

年齢は推定14歳~15歳であるため、受験勉強に専念している可能性があります。ただ、1歳から約13年という長い芸歴を積んでいたため、ここでプロフィールを書かせていただいても問題ないと判断いたしました(価格.comやgooテレビ番組などの大手サイトにも情報が掲載されています)。

また、今は引退していても、10年以上の経験があることを考えると、また復帰されることもあるかもしれません。そのとき、なつぞら視聴者の間で知名度が維持されていた方が良いかと思います。

上記のような前提で、プロフィールをまとめさせていただきます。

岡島遼太郎・プロフィール

推定2005年生まれ。1歳から推定14歳の2018年11月まで、テアトルアカデミーに所属。約13年という、長い子役のキャリアを積んだ。

出演したTV番組は、夕ぎりゲーム学園(テレビ東京)、女神のマルシェ(日本テレビ)、パズドラクロス(テレビ東京)など多数。ドラマでは関西テレビ「僕が笑うと」などに出演。2019年にはNHK連続テレビ小説「なつぞら」で、柴田照男の幼少役という大役を務めた。

参考サイト

荒川梨杏(あらかわ・りあん)/柴田夕見子・子供時代

画像引用元:西島秀俊も絶賛! “次世代の天才子役”たちの演技に熱視線<人魚の眠る家>(ザ・テレビジョン)

2008年7月13日生まれ。Jobbykid's(ジョビィキッズ)所属の子役女優・モデル。

映画・ドラマ・CM・テレビ番組に幅広く出演。映画では「人魚の眠る家」で若葉役を務め、ドラマではNHK連続テレビ小説「なつぞら」で、柴田由美子の幼少役を務める。

その他、ドラマでは「Woman」「火の粉」「最後の贈り物」「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」など、多数の作品に出演。広告ではミツカン・SUBARU・イトーヨーカドー・セキスイハイムなど、多くの大企業のテレビCMに出演している。

TV番組では「痛快TVスカッとジャパン」「ドラマちっくニュース」などに出演。その他、YAMAHA英会話教室・クレイジーウエディングなどの広告モデルも務めた。

※参考…Jobbykid's 公式サイト「荒川梨杏」

吉田萌果(よしだ・めいか)/柴田明美・子供時代

画像引用元:吉田萌果 2019年度前期NHK連続テレビ小説「なつぞら」に出演!(劇団ひまわり)

吉田萌果ちゃんについては、まだプロフィールがありません。上の顔写真を引用させていただいた劇団ひまわりの記事でも「出演しました!」という一報が書かれているのみです。

その他は、NHKの「なつぞら」公式Twitterで、下のようなツイートが1回されており、公式サイトのキャスト紹介にも名前と写真が出ています。

松嶋菜々子さんに抱っこされているのは、娘役の吉田萌果ちゃん。優しい松嶋さんとすっかり仲良し~。

引用元:NHK「なつぞら」公式Twitter(2019年1月24日のツイート)

まだ幼いこともあり、このように情報がまったくない状態ですが、年齢を考えるとその方がいいでしょう。

ロケーション

時代考証

「どうだ、広いだろ?東京は焼け野原だけど、ここは本当の野原だ」

冒頭で、剛男がなつに聞かせる言葉である。 剛男が十勝の美しい景色をなつに見せながら、そう言って一緒に歩いている。

画像引用元:NHK・BSプレミアム「10分でなつぞら」

二人が歩いている野原は、ただの野原ではなく十勝平野である。ロングで撮影したシーンが下のものだ(クリックで拡大)。

画像引用元:NHK・BSプレミアム「10分でなつぞら」
このロケーションはどこか

十勝平野の「ナイタイ高原」が近い気がする。下の画像の場所だ(クリックで拡大)。

画像引用元:ナイタイ高原牧場(トリップアドバイザー)

どうだろう。完全に一致しなくても雰囲気はかなり近いと思う。見る方向を変える、少し移動するなどすれば一致しそうな場所だ。

(ちなみに、上の画像は引用元の画像の明るさを調整し、向きを反転させている。似ている場所でもこれらの条件が違うと違ってみえるためだ)。

タンポポが咲いて、カッコウが鳴けば、種まきの季節だ

十勝平野をなつと2人で歩きながら、剛男はこう言った。「タンポポが咲いて、カッコウが鳴けば、種まきの季節だ」

当然ながら、農家&酪農家の剛男がいうのだから、ただのポエムではない。実際にカッコウが日本で鳴くのは5月なのだ。

画像引用元:カッコウ(北海道札幌の自然)

カッコウが日本にいるのは5月中頃~7月末頃の、2カ月半程度である。何となく「一年中いる」というイメージや、「日本の鳥」というイメージがあるかもしれない。

しかし、実際には日本にほとんどいない。どちらかと言うと東南アジアやインドの鳥なのである。これは私も意外だった。

日本全国に夏鳥として、越冬地である中国大陸南部、マライ、インドシナ半島、インドなどから5月中頃渡来し、託卵出来る時期が過ぎる7月末までの2ヶ月半程で渡去。

引用元:カッコウ(北海道札幌の自然)※上の画像と同じ

十勝平野のタンポポ

春のタンポポは良いものだ。これが十勝の雄大な自然の中だと、さらに美しいだろう。と思って、写真を探してみた。

下の画像は、おそらく十勝に住まれている方が撮影されたものだ。ブログが削除されているが、キャッシュからわかる(画像はクリックで拡大)。

画像引用元:春盛(十勝平野から)※ブログが削除されているため、Googleのキャッシュにリンク

十勝の風景のいいところを盛り合わせにしたような、美しい写真である。

これから「なつぞら」の中でこういう風景を毎日見て、十勝に行きたくなる人も増えるだろう。ロケ地を中心に、十勝の観光が盛り上がることを期待したい。

剛男は復員兵

先の写真を見ればわかると思うが、剛男は復員兵である。戦地から戻ってきた兵士のことだ。

実際の復員兵はどんな格好をし、どんな風に戻ってきたのか。下の画像は、敗戦から2カ月後の1945年10月、焼け野原となった博多の町を歩いている復員兵たちである(クリックで拡大)。

画像引用元:復員兵と闇市(朝日新聞デジタル)

服装は剛男と大体同じだが、荷物が全然違う。実物はまるで行商にでも行くように、自分の体重くらいの荷物を背負っている。

こうして本物と比べてみると、剛男もなつも荷物が少なすぎる気はしないでもない。

画像引用元:NHK・BSプレミアム「10分でなつぞら」

ピクニックに行く親子のようだ。もちろん、全然悪くはない。藤木直人も「10分でなつぞら」の中で語っていたように「コミカルな部分が多いドラマ」なので、このくらいでちょうどいいだろう。

管理人もイラストを描いてみて「リアルに描くと配色などがものすごく悪くなる」ということを実感した。ドラマや漫画は、必ずしもリアルでなくていいのだ。最終的に伝えたいメッセージや楽しさが視聴者に届けばそれでOKである。

画像引用元:連続テレビ小説「おしん」(NHK公式サイト)
復員服

ドラマの中で剛男が着ているのは「復員服」である。これは国民服や軍服とは、少し違う。

簡単にいうと「バッジがない軍服」だ。「九八式軍服」や「三式軍服」からバッジ(徽章)を取ったのが、復員服である。

※参考…復員服ってどんなのですか?(Yahoo!知恵袋)

制作チームは、どこでこういう服を手配するのか?

これはもちろんわからないが、こうした「時代考証系のアイテム」を提供する会社がある。たとえば下の「日本芸能美術・株式会社」などだ。

画像引用元:近世日本(日本芸能美術・株式会社)

NHKなら衣装なども自社で持っているかもしれないが、とにかく、こういう会社があるということだ。

戦後の日本橋

なつは東京の日本橋で生まれ育った。終戦1年目の1946年頃の日本橋の写真が、下のものだ(クリックで拡大)。

画像引用元:Wikipedia「Nihonbashi」画像ページ

左側はきれいだが、右側が壊滅的な状態になっているのがわかると思う。1つの町がまるまる解体工事をしたかのようだ。

こういう現場を写真で見るだけの筆者などと違い、実際に現場で生きていた奥山玲子や神田日勝(両方・なつのモデル)は、後の人生を熱く生きていたのだろうと思う。

今年3月に引退したイチローが、過去の語録で「戦争をくぐり抜けた人には絶対にかなわない」と言っていたが、イチローですらそう考えるのは、わかる気がする。

戦争から21年後の日本橋

上の写真から21年が過ぎ、なつが30歳になったとき(1967年)の日本橋が、下の画像である(クリックで拡大)。

画像引用元:路面電車が走る永代通り(日本橋付近)1967年|メトロアーカイブアルバム(公益社団法人・メトロ文化財団)

ドラマのなつは大体19歳でアニメーターになる。30歳になる頃には、おそらく東洋動画(東映動画がモデル)と、男女差別や学歴差別をめぐって戦っているだろう。史実の奥山玲子の人生をモデルにするなら、という話だが。

なつが30歳の時点でどんな展開になるのか、そもそも30歳までいくのかわからない。とりあえず、その頃の日本橋は上の画像のようなイメージということだ。

戦後の十勝のサイロ

第1話で、剛男が帰還した場面で泰樹がサイロから現れた。戦後の十勝のサイロはどのようなものだったのだろうか。

おそらく戦後から残っていると思われる、十勝・上更別(かみさらべつ)のサイロが下の画像である(クリックで拡大)。

画像引用元:十勝の原風景と広尾線廃線跡めぐり(北海道)|4travel.jp

上更別は町名や市名ではなく、町名より下の地名(字・あざ)である。正確には「河西郡更別村字上更別」となる。この河西郡というのは、十勝振興局の中にあるため「十勝エリア」である。

昭和10年代(1935年~1945年頃)の写真

こちらは年代がハッキリしている。昭和10年代、十勝地方の帯広市のサイロの写真だ(クリックで拡大)。

画像引用元:さまざまな建材で造られたサイロ(北海道デジタル図鑑~100の物語~)|北海道公式サイト

北海道の公式サイトの資料なので、年代や場所なども正確だ。こうして昔から残っている十勝のサイロを当たっていくと、なつぞらのロケ地も見つかるかもしれない。

戦後の五右衛門風呂

なつや剛男は五右衛門風呂に入った。実際の戦後の五右衛門風呂がどのような感じだったのか、見てみよう。

下の画像は、1946年の五右衛門風呂の写真である(クリックで拡大)。

画像引用元:1946年(昭和21年)。バラックにてドラム缶風呂に入る女の子(戦前~戦後のレトロ写真・Twitter)

直接ドラム缶を手で触って大丈夫なのか気になる。しかし、手の横に手ぬぐいのようなものも見えるので、直接ではなく手ぬぐい越しに触っているのかもしれない。

女の子の左側に、五右衛門風呂のふたが立てかけてある。右側の奥の方には、ブリキの洗面器らしきものが見える。

戦時中の手紙の検閲

ドラマの中で剛男は、なつの父親とこう約束していた。「どちらかが戦死したときは、その家族に宛てた手紙を必ず届けよう」。

なぜ手紙かというと、当時は「軍の検閲」があったためだ。手紙に自由なことを書くことは許されなかった。下の画像のように「黒塗り」されていたのである(クリックで拡大)。

画像引用元:兵士小泉さんが家族に送った手紙(2通)|未来に残す 戦争の記憶(Yahoo!JAPAN公式)

剛男となつの父親も「本当に家族に書き残したいことを書く」ために、このような約束をしたのだ。

なつの父親はなぜ満州で戦死したのか?

画像引用元:ソ連の満州侵攻(上)―参戦準備と戦闘開始まで(太平洋戦争とは何だったのか)

なつの父親は満州で戦死した。この「満州」に注目したい。満州で日本兵が戦死するような出来事は、主に何があったのか。

筆頭にあがるのは「ソ連侵攻」である。原爆が落とされた直後の1945年8月9日、ソビエト連邦が対日参戦を決め、満州に侵攻してきたのだ。

こう書くとソ連が悪者のようだが、もちろんそんなことはない。戦争中なので当たり前である。「早く参戦して、日本から奪えるだけのものを奪っておこう」と思ったことは自然である。

(この辺、私は専門家ではないので、ソ連の本当の参戦の動機までは知らないが。というか、専門家の間でも諸説が入り乱れていると思う)

何はともあれ、日本兵が満州でもっとも多く死んだのは、敗戦直前に起きたこの「ソ連侵攻」だろう。なつの父親も、このときに亡くなった可能性がある。

※参考…Wikipedia「ソ連対日参戦」

東京大空襲

東京大空襲は、1944年11月~1945年5月に渡って続いた106回の空襲の総称だ。どれか1回だけを東京大空襲と呼ぶわけではない。

※参考…Wikipedia「東京大空襲」

個人的に、東京大空襲の悲惨さを一番伝えてくれる写真の1つが、下のものだと思っている(クリックで拡大)。

画像引用元:Tokyo firestorm – deadliest bombing raid ever(WORLD WAR II TODAY)

有名な写真なので、見たことがある人もいるだろう。母親か姉かわからないが、赤ちゃんを背負っていた女性の背中に、くっきり白い後が残っている。そして、赤ちゃんも黒焦げの遺体になって横たわっている。

(赤ちゃんと書いたが、1歳~3歳くらいかもしれない)

「焼け焦げていない遺体」の写真

人によっては「焼け焦げていない、顔などが残っている遺体の写真の方が怖い」と思うかもしれない。閲覧注意ではあるが、東京大空襲の悲惨さを伝えるために、写真を転載させていただきたい(画像はクリックで拡大 ※閲覧注意)。

画像引用元:知らされない、忘れ去られる東京大空襲(ジョセフィーヌの小部屋
当時のなつの年代「0歳~9歳」が、最も多く死亡した

東京大空襲を中心とした東京への空襲―。これによって亡くなったのは、0歳~9歳の子供がもっとも多かった。

このデータは、2014年2月にNHKが報道したものである。以下、元記事が消えているため、魚拓から引用する。

犠牲者のうち、0歳から9歳までが最も多い20%を占め、
次いで10歳から19歳が18%と、20歳未満の子どもたちが38%を占めました。

引用元:東京への空襲 犠牲者の40%近く未成年(2月26日4時53分・NHK NEWS WEB)※魚拓

2割が0歳~9歳で、未成年まで含めると約40%だったということだ。通常の生活でも幼児期に死ぬことが多かったこの時代、東京大空襲のような攻撃を受けていたら、子どもたちが生き延びるのは難しかっただろう。

なつはこのような戦火を8歳でくぐり抜けて、生き延びたわけだ。その少女が大人になった後の迫力を、主演の広瀬すずがどこまで醸し出せるか、注目したい。

「戦争を扱う朝ドラはヒットする」という法則がある?

著名なメディア・プランニング企業の「指南役」は、著書で下のように指摘している。

なぜ、朝ドラはV字回復できたのか?
―戦争が物語を産んだからである。

引用元:『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(指南役/光文社/2017年)P.35|Amazon.co.jp

これだけ見ると「戦争を扱えば何でもヒットする」という主張に感じられるだろう。もちろんそうではない。

ストレートに戦争を描けばいいという単純な話ではない。"戦争によって物語が生まれる"という意味である。現に、『ゲゲゲの女房』に戦争シーンは登場しない。

引用元:同上・36ページ

太字部分は、今回の「なつぞら」も似ているかもしれない。一応回想シーンのように東京大空襲が少し出るだろうが、ほとんどは「戦争が終わった後の描写」になるはずだ。

それにしても、なぜ戦争を物語の背景の取り入れるとヒットしやすいのか。指南役はこう説明している。

人間ドラマって?
それが、戦争もしくはそれに準ずる国家的大事件に運命を翻弄される人間の物語である。

引用元:同上・40ページ

「人間ドラマとは何か」と言われたら、なかなかはっきり定義できないだろう。「サザエさん」を人間ドラマと定義する人もいるはずだ(実際、正しいと思う)。

そのように定義がハッキリしない中で、指南役はあえて「人間ドラマ=戦争もしくはそれに準ずる国家的大事件に運命を翻弄される人間の物語」という、具体的な定義を掲げている。

これが正しいかはわからない。賛否両論があるだろう。ただ、メディアの企画業務でトップを走るには、こういう「具体的な説明をバッサリとする力」が必要なのだなと感じる。

東京疎開者が目にした北海道のごちそう

この回で、なつは柴田家のごちそうに目を奪われる。実は、当時東京から疎開してきた人間にとって、北海道の食生活の豊かさは羨望の的だった。

それは『ロビンソンの末裔』を読むとよくわかる。戦後に十勝に疎開し、開拓に参加した人々を主人公にした小説だ。戦後を代表する作家・開高健の作品である。

画像引用元:『ロビンソンの末裔』(開高健/新潮社/1973年)|Amazon.co.jp

この小説の中で、東京を出発する前のシーンで、下のような描写がある。北海道をよく知る役所の係官が、主人公の「私」に、北海道の食生活の豊かさを話して聞かせる場面だ。

「……トウモロコシだって内地のようなのじゃありません。朝、露のかかっているうちにもいできて、サッと湯に通すんです。甘くて、やわらかくて、ムッチリして、うまいですなァ。おなかもふくれますしね。とても、そんな、縁日の屋台でやいてるようなのとはくらべものになりませんよ。それに、冬になれば、ニシン、サケ、タラ、生ウニでしょう。ニシンなんてのは群来て(くきて)きたら肥料同然ですからね、農家はそれを蜜柑箱何杯と買って漬物にするんです」
「漬物に!?」

ここから話す一連のくだりで、主人公が驚いているのは、北海道の食事の「質と量」である。上のニシンでいうと「肥料同然」「蜜柑箱何杯」という量に、まず驚いている。それと同意に「ニシンを漬物にする」という「新しい料理」にも驚いているのだ。

ニシン漬けは北海道・東北の名物

ニシン漬け(鰊漬け)は、北海道・東北地方の名物である。(Wikipedia「鰊漬け」

画像引用元:北海道を代表する漬物「にしん漬け」(北海道Likers)

「そうですよ、白菜だのなんだのといっしょにニシンを漬けましてね、塩をふって糀(こうじ)をふって、ギュッと石で押す。これを食べると鼻血がでるといいますなァ、精がつきすぎて」
「鼻血が出る……」
「函館のイカうどんもいいですよ」
「イカうどん!?」
「そう。イカをね、こまかく千切りにするんです、青光りするような生きのいいところをね。それをどんぶり鉢にほりこんで(原文ママ)、わさび醤油でカッカッとまぜて、モクモクと頬張ると……」

同上・文庫版P.10

主人公の反応をかわいいと思うのは筆者だけだろうか。もちろん「かわいい」なんて言っていられるのは、筆者が飽食の現代人だからだ。

上の係官の話は主人公にとって、現代人でいう「年収1億円の人の世界」のような話に聴こえたのだろう。本当にお腹が減っていたのだ。

大人でさえこうだったのだから、まだ9歳だったなつが、柴田家のごちそうを目にして「夢みたい…!」と叫んだのは、嘘でないことがわかるだろう。

第2話…私をここで働かせてください!

お風呂から上がったなつが居間に向かう。そこでは、なつの扱いについて柴田一家が揉めていた。

なつに同情する富士子に対して、泰樹は「使えないやつを拾ってきてどうする」と渋い顔。言い争いをする二人に対して、婿の剛男が「あの子は僕が守りますから!」と懇願する。

そんな騒ぎを見ていたなつ。そのなつの姿に気づいた富士子は寝巻きを着せて、できあがっていた料理を食べさせる。孤児時代の東京では食べられなかったごちそうを口にして、なつは感激する。

剛男と富士子は、なつに娘の夕見子の服を貸し、学校に通わせようとする。しかし、当の夕見子が反対。「その子がかわいそうなのは私のせいじゃないもん!」と拒否する。

それを見てなつは、剛男と富士子の申し出を自体する。「大丈夫です…、着るものなんか要りません」。そして、頭を下げて言った。「私をここで働かせてください。何でもします。だから、私をここに置いてください!」

なつを連れてくるとき、剛男はなつに「いつか必ずお兄ちゃんが迎えに来てくれる」と言った。なつはその言葉を信じ、その日までこの土地で、自力で生きていく覚悟だった。

なつの覚悟を感じとり、それまで押し黙っていた泰樹が突然口を開いた。「いい覚悟じゃ!それでこそ赤の他人じゃ!」

こうして、なつは柴田家に迎え入れた。しかし、その夜に富士子は、気になっていたことを寝室で剛男に告げる。「あの子は少し、子どもらしくないっていうか…素直ではないところがありますからね…」

富士子の言うとおり、戦後の焼け跡で生き抜いているうちに、なつは自分の感情を押し殺すことは、ずるく立ち回ることを覚えていた。しかし、剛男はそれに気づかず「そうか?浮浪児なんかしてたわりには、素直な子だと思うけどな…」と、なつを純粋無垢な子どもだと思いこんでいた。

BSプレミアム「10分でなつぞら」

「10分でなつぞら」は、通常のNHKではなくBSプレミアムの番組。4月1日の放送開始前後、それぞれ1週間ほど放送されている。番組紹介は下の公式ページを見てほしい。

BSプレミアム・10分で連続テレビ小説「なつぞら」(NHK公式サイト)

第2話…牧場で働きたいと願い出るなつ

2019年4月2日(火)

戦争で両親を失ったなつ(粟野咲莉)は、剛男(藤木直人)に引き取られ十勝にやってきた。剛男の説得で妻の富士子(松嶋菜々子)は、なつを受け入れることを決意する…

番組内容

戦争で両親を失った9歳のなつ(粟野咲莉)は、剛男(藤木直人)に引き取られ北海道・十勝にやってきた。剛男の説得で妻の富士子(松嶋菜々子)は、なつを受け入れることを決意するが、娘の夕見子(荒川梨杏)は、両親が優しく接する自分と同い年のなつの存在が気に入らない。そんな中、なつは柴田家の牧場で働かせてほしいと願い出る。富士子の父で、北海道の開拓者である泰樹(草刈正雄)は、なつの発言に意外な反応を見せる。

連続テレビ小説 なつぞら(2)「なつよ、ここが十勝だ」 2019年4月2日(火) 12時45分~13時00分 の放送内容(Yahoo!JAPANテレビ)
画像引用元:NHK・BSプレミアム「10分でなつぞら」

第3話…熱心に働くなつと心配する富士子

2019年4月3日(水)

なつ(粟野咲莉)は泰樹(草刈正雄)の指導のもと、酪農の仕事を覚えようと必死に働いている。周囲はそんな姿に感心するが、富士子(松嶋菜々子)はなつが心配でならない。

番組内容

北海道・十勝の柴田家に来て以来、なつ(粟野咲莉)は泰樹(草刈正雄)の指導のもと、酪農の仕事を覚えようと早朝から働いていた。柴田牧場で働く菊介(小林隆)と悠吉(音尾琢真)親子は、重労働にも取り組むなつの姿に感心するが、富士子(松嶋菜々子)は、学校にもいかずに働くなつを心配する。そんなある日の夕食で、なつは食事をしながら居眠りをしてしまう。その姿を見た富士子は、たまらず泰樹に向かって思いをぶつける。

連続テレビ小説 なつぞら(3)「なつよ、ここが十勝だ」 2019年4月3日(水) 12時15分~12時30分 の放送内容(Yahoo!JAPANテレビ)

第4話…雪月の小畑一家と出会う

2019年4月4日(木)

泰樹(草刈正雄)に連れられなつ(粟野咲莉)は帯広の闇市にやってきた。向かったのは町の菓子屋・雪月。店に入ると、雪月の女将のとよ(高畑淳子)がふたりを出迎える。

番組内容

柴田泰樹(草刈正雄)に連れられ、なつ(粟野咲莉)は帯広の闇市にやってきた。そこで泰樹は、両親を亡くし戦後の東京で必死に生き抜き、きょうだいと離れ北海道にやってきたなつの境遇を知る。そして二人が向かったのは菓子屋・雪月。出迎えた雪月のとよ(高畑淳子)は泰樹が孫の夕見子(荒川梨杏)を連れてきたと勘違い。息子で菓子職人の雪之助(安田顕)と妻の妙子(仙道敦子)も出てきてどんどん話が膨らんでしまい…

連続テレビ小説 なつぞら(4)「なつよ、ここが十勝だ」 2019年4月4日(木) 12時45分~13時00分 の放送内容(Yahoo!JAPANテレビ)

第5話…なつ、山田天陽と出会う

番組内容

なつ(粟野咲莉)は学校に通うことになる。ところが登校初日、同級生にからかわれてしまう。そのとき、ひとり絵を描いていた天陽(荒井雄斗)がなつをかばってくれる。

詳細

帯広から柴田牧場に帰ってきたなつ(粟野咲莉)は泰樹(草刈正雄)の許しを得て学校に通うことになった。登校初日の休み時間、転校生に興味津々の同級生たちに囲まれると、東京で浮浪児だったことをからかわれてしまう。そのとき、教室でひとり絵を描いていた山田天陽(荒井雄斗)がなつをかばう。放課後、お礼を言おうと天陽に近づいたなつは、まるで生きているかのように躍動する、ノートに描かれた馬の絵に目を奪われる。

NHK・BSプレミアム番組表 連続テレビ小説 なつぞら(5)「なつよ、ここが十勝だ」

第6話…天陽の絵を気に入るなつ

なつは、富士子にお金を借りて東京で暮らす兄・咲太郎(渡邉蒼)に手紙を出し、返事を待っていた。そして学校では、天陽が描く馬の絵をいたく気に入り、他の絵も見たいと話し掛ける。

第6話 なつぞら「なつよ、ここが十勝だ」(ザ・テレビジョン)

2週…なつよ、夢の扉を開け

2週のあらすじを想像するためのキーワードと、情景をイメージするための画像を並べる。ネタバレにはならないので安心してみてほしい。

闇市

下の画像は、1945年(昭和20)年10月に撮影された、東京・新宿の闇市です。「新宿マーケット」という立て看板が見える通り、闇市ながらも「しっかり名前が付いていた」ことがわかります(クリックで拡大)。

画像引用元:2章 焼け野原から復興「復員兵と闇市」(朝日新聞デジタル)

警察官

下の画像は、1930年頃に朝日新聞社前で撮影された警察官のもの。警視庁の児童保護係である(クリックで拡大)。

画像引用元:日本警察史「警視庁の歴史」(探偵コム)

子どもたちがランドセルを背負い、男の子は通学帽もかぶっている。1930年頃なので、なつぞら第2週の舞台となる1946年よりは16年前である。

つまり「なつぞらよりやや古い写真」となるが、それでも大体のイメージはつかめるだろう。警察官がどう登場するのかは秘密である。

狩り込み(刈り込み)

下の画像は、戦後の日本で行われていた「狩り込み」のものだ。狩り込みとは「警察による浮浪児の強制収容」である(クリックで拡大)。

画像引用元:「戦争孤児は国から捨てられた」「絶対こりごり」3月23日(暖かさと希望を届けたい)※出典はNNNドキュメント「戦争孤児たちの遺言 地獄を生きた70年」

戦後日本を支配していたGHQは、日本警察に対し「浮浪児が目障りだから一掃せよ」と命令。警察は浮浪児を施設に強制収容し、日常的に体罰を加えるなどした。

※参考…戦争孤児の会・第1章「戦争と孤児」の「浮浪児」のページ

この狩り込みが「なつぞら」にどう登場するかは、奥原なつの生い立ちを考えれば何となく想像がつくだろう。なつは戦後、東京で1年生活してから十勝に来ている。

バターチャーン

バターチャーンは「バターを作る道具」である。下の画像は、雪印乳業が1925年頃(大正14年頃)に使用していたバターチャーンである。

画像引用元:バターチャーンのこと(北海道二海郡八雲町・公式サイト)

バターは「生クリームをかき回して」製造する。かき回すことは撹拌(かくはん)というが、その作業をする機械がチャーンである。

上の画像のような形のものは「手回し縦型チャーン」という。当時の職人は、このようなチャーンで1回あたり13.5kgのバターを製造したという。

1回にどれだけの時間がかかったかは、当然人によるだろう。要は「それだけの量の生クリーム・バターが入る機械だった」ということだ。また、13.5kgのクリームをずっと回し続けるには、相当な腕力が必要だったろう。

柴田牧場が酪農をしている以上、このバターチャーンはこの週以後も多く登場する。どのような道具か知っていると、さらにドラマを楽しめるだろう。

※参考…チャーン製法とはどんな意味ですか?(よつ葉・お客様相談室)

3週…なつよ、これが青春だ

第3週のストーリーにかかわるもの(随時加筆)。

農協(農業協同組合)

下の画像は、1944年(昭和19年)頃の農協の画像である。つまり「終戦直前」のものだ。その頃にも、一部の農協には合併などの動きがあったようである。戦争と関係がある合併か、関係のない合併かは地域によるだろう。

画像の農協は、石川県野々市市(ののいちし)のものである(クリックで拡大)。

画像引用元:農協合併のあゆみ(1)戦前の農協のあゆみ|公益社団法人・野々市市情報文化振興財団

「なつぞら」の第3週では、オープニングの1946年からある程度の年数が経っている。12回も放送が終わっているのだから、当然である。

そのため、上の農協の写真は、第3週の「なつぞら」のものよりは古くなるだろう。もしかしたら、12回で1年程度しか進まない可能性もあるが。

何にしても、「なつぞら」が酪農・農業を大きく扱っている以上、当時の農協を事前にイメージしておくと、ドラマがより面白くなるだろう。

演劇

下の画像は、1918年(大正7年)の女学生による演劇の写真である(クリックで拡大)。

画像引用元:約100年前の1918年(大正7年)。東京女学館の学生たちによる演劇(戦前~戦後のレトロ写真・Twitter)

「なつぞら」の俳優の一人、柄本佑が「十勝農業高校の演劇部顧問」を演じることでもわかるが、ドラマには演劇部が登場する。大正時代ということで、作中の演劇部よりは少々古くなるが「実物のイメージの助け」にはなるだろう。

乳牛

下の画像は、昭和30年代(1955年~1965年頃)に、岩手県前沢町で撮影された乳牛の写真である(クリックで拡大)。

画像引用元:カブを給餌されるウシ(岩手県前沢町にみるミルクの足跡|牛の博物館

時期的には「なつぞら」とぴったり重なる。岩手県というロケーションも、ドラマの舞台の十勝(北海道)に近い。

「なつぞら」では、乳牛があちこちに登場する。なつ自身も乳牛の飼育をする。「当時の実際の乳牛がどうだったか」を知っていると、なつや泰樹、剛男たちの会話もより深く味わえるだろう。

4週…なつよ、女優になれ

第4週のストーリーにかかわるもの(随時加筆)。

白蛇姫物語

白蛇姫物語は、北海道の鹿追町に伝わる伝説である。この鹿追町は、「なつぞら」の舞台でもある。

「鹿追町」という名前こそ出てこないが、奥原なつ・山田天陽の両方のモデルとなった画家「神田日勝」が育って死んだ土地である。鹿追町は、「なつぞら」のモデルになった土地として、特に重要な地域である。

その鹿追町の伝承「白蛇姫物語」は、「なつぞら」にも関わっている。これは書いてもネタバレにならないので、あらすじを説明しよう。

「白蛇姫物語」のあらすじ
  1. アイヌの人々が飢饉のとき、女神に祈る
  2. 女神が白蛇になって、人々を「然別湖」につれていく
  3. そこにはたくさんの魚がいて、人々は生きながらえた
  4. 女神は「飢えた時はここに来い。それ以外の時に来てはならぬ」と言った

現代の自然保護で繰り返しいわれている「持続可能な開発」のような考え方である。自然とともに生きていたアイヌの人々の方が、現代人より「生態系のバランス」に敏感だったのだろう。

画像引用元:鹿追町の伝承 白蛇姫物語(鹿追町・公式サイト)

上の画像は、女神が言葉を残す最後のシーンを版画で表現したものだ。他の場面もすべて版画で見られる。興味がある人は、上のリンクから鹿追町の公式サイトで見てほしい。

5週…なつよ、お兄ちゃんはどこに?

第5週のストーリーにかかわるもの(随時加筆)。

ベーカリー(パン屋)

下の画像は昭和初期(1920年~1940年頃)のベーカリーである(クリックで拡大)。

画像引用元:昭和初期のパン屋さん『失われた帝都 東京』より|戦前~戦後のレトロ写真・Twitter

引用元の「戦前~戦後のレトロ写真」によれば、銀座のコロンビアコーヒー直売店だそうだ。

という値段が読み取れる。「なつぞら」にはベーカリー兼カフェの「川村屋」が登場する。その店内に値段の貼り紙などが出てきたら、比べてみるのも面白いかもしれない。

ベーカリー兼カフェ「川村屋」

この週に登場するとは限らないが、「なつぞら」にベーカリー兼カフェの「川村屋」という店が登場することは、公式サイトの情報でわかる。比嘉愛未(ひが・まなみ)が演じる前島光子(マダム)の人物紹介に、こう書かれているからだ。↓

新宿に戦前から続くベーカリー・川村屋のオーナー。

画像引用元:2019年度前期 連続テレビ小説「なつぞら」東京・新宿編の出演者が決定!(NHK公式サイト)
モデルになったカフェは?

モデルがあるかはわからないが「戦前から続くカフェ」は実在する。新宿でなく銀座だが「銀座カフェーパウリスタ」である。100年以上続く名店で、下のような「とんでもない有名人たち」が通いつめていたという。

画壇では、帝劇で舞台装置に新機軸を出すべく研鑽していた若い頃の藤田嗣治、村山槐多、吉田博画伯などが常連でした。

他にも、芥川龍之介、森茉莉、井上ひさし、菊池寛、谷崎潤一郎、与謝野晶子、高村光太郎、森鴎外、アインシュタイン。
さらには、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻が三日三晩来店され
たりと、そうそうたる顔ぶれが通い詰めたと言われています。

銀座カフェーパウリスタの歴史「常連客の横顔とコーヒー文化」の段落(公式サイト)

「誰でもわかる」という有名人だけ書き出すとこうなる。↓

他も全員「誰でもわかる」レベルともいえる。とりあえず「中学生や高校生でもわかる」となると、このあたりだろう。余談だが、谷崎潤一郎は奥原なつのモデルになった奥山玲子が、学生時代にもっとも愛読した作家である。

下の画像は、そのカフェーパウリスタの現在の姿である。「超老舗」の喫茶店だが、外観は新しくきれいだ(クリックで拡大)。

画像引用元:店舗のご案内(カフェーパウリスタ銀座店・公式サイト)

6週…なつよ、雪空に愛を叫べ

第6週のストーリーにかかわるもの(随時加筆)。

神田一明(かんだ・かずあき)

神田一明は、神田日勝の兄であり、画家。東京芸術大学を卒業し、北海道教育大学の名誉教授などを務めた。詳しくは下の記事でまとめている。

山田陽平のモデルは神田一明(日勝の兄)

実際の一明氏の若い頃の写真が、下のものだ。

画像引用元:『画集 神田日勝』(著・神田日勝/発行・神田日勝記念美術館/発行年・2014年)P.35

これは日勝ファンの間では有名な下の写真の一部である(クリックで拡大)。

画像引用元:神田日勝記念美術館「イベント情報&最新ニュース」の「第18回馬耕忌」の段落

一番右(あなたの右手側)で、笑いながらタバコを吸っている坊主頭(に近い丸刈り)の青年が、神田日勝である。そして、左から2番目で白いシャツを着て窓の前に座っている男性が、神田一明である。

真ん中でサングラスをしているのは徳丸滋、一番左であぐらのような体勢をとっているのは、渡邉禎祥である。全員、一明と日勝の芸術仲間であった。

7週…なつよ、今が決断のとき

第7週のストーリーにかかわるもの(随時加筆)。

十勝の森

十勝は牧場や畑、大草原だけでなく「森」も豊かである。下の画像は「十勝千年の森」という観光地の写真だ(クリックで拡大)。

画像引用元:十勝千年の森(トリップアドバイザー)

美しさと同時に「吹雪のときに迷い込んだらやばい」とも感じるだろう。下の画像は、然別湖の近くの十勝の森で、雪が降っているときの写真である(クリックで拡大)。

画像引用元:ふかふかの雪の森へ!「スノーハイキング」(北海道探検)

現代ならともかく、戦後間もない時代にこの森の中で迷い込んだら死ぬ、というのを実感できると思う。

牛乳を運ぶ人

下の画像は、1955年頃の牛乳配達のトラックの写真である(クリックで拡大)。

画像引用元:関牛乳の歴史「1955年・低温殺菌牛乳製造開始」

「なつぞら」でも当然牛乳を配達する。トラックを使うかはわからないが、本物の「昔の牛乳配達」と比べてみると面白いだろう。

8週…なつよ、東京には気をつけろ

9週…なつよ、夢をあきらめるな

10週…なつよ、絵に命を与えよ

11週…なつよ、アニメーターは君だ